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ガイドヘルパー養成講座 [徒然]


14日から「ガイドヘルパー養成講座」に通っています。14・15・17の3日間で講義と実習を行ない、資格取得が出来る集中講座です。
この「ガイドヘルパー」とは、視聴覚障害者及び全身性障害者を対象とし、屋外での余暇や通院などに出かける時、ヘルプする仕事に就くために必要な資格です。

視聴覚障害者が白杖を持って単独歩行しているのを見られたことがあると思いますが、単独歩行できない人を対象にしています。
昨日は一人がアイマスクをして「視聴覚障害者役」となり、もう一人が「ガイドヘルパー役」となって学んだ内容を確認する「実習」が行なわれました。

横浜駅から10分の所にある学院をスタートし、地下街を通り私鉄に乗ってある駅で降り、今度は役を変えて学院まで帰ると言うもの。2時間ぐらいの実習でした。

30℃を超す猛暑の中を行動したので、暑さによる汗と緊張による汗と・・・帰ってくると皆グッタリでした。
街には様々な障害があります。「道路の段差」「階段」「エスカレーター」「エレベーター」「ホームと電車の隙間」「ドア」「改札」「トイレ」・・・私達健常者が普段何とも思わない物が、視聴覚障害者にとっては「障害」となりうることを、アイマスクをして「視聴覚障害者役」をしたことで初めて理解できました。

アイマスクをすると「音」に物凄く敏感になります。周囲の人の歩く足音、車の音、地下街のアナウンス、電車の音、ドアの開閉の音・・・それらが自分にとってどのような影響を与えるのか、いろいろと先回りして考えてしまうのです。そしてその結果として「腰が引けてヘルパーへの信頼が薄れる」ということにもなってしまいます。

ですから、ヘルパー役の時は視線を足元に向けて注意をするのではなく、視線を少し前に向け周囲の状況を的確に掴み、自分達へ影響を与えるものを避けたり利用者に注意を喚起したりすることの大切さを学びました。

ヘルパーからの「声」による「情報」は、視覚障害者にとっては「眼」にあたるのです。

明日は全身性障害者をケースとしますので、車いすに乗って街中を移動し、駅の中を通りデパートへ入り喫茶店でお茶を飲んで帰ると言う実習があります。
車いすの取り扱いは今までの仕事の中できっちり行なってきたので、明日の課題は「階段・エスカレーターを利用する時にどう扱うか」にしたいと考えています。

19日の日曜日には早速saraheが車いすの利用者と一緒に、みなとみらいにある「横浜美術館」に行く予定です。地下鉄の利用・駅員への依頼・トイレの利用・食事・美術館の利用・・・これらをスムーズに行えなければなりません。
利用者とはグループホームで3か月以上入浴介助で仕事をさせていただいているので、お互いの信頼関係は概ね構築されていると思っているのですが、初めての屋外での移動介助になるので、最低限「危険な目に遭わせない」ことは勿論ですが、「saraheと今度も一緒に行きたい」と思っていただけるように頑張りたいと考えています。


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雀翁

大変なお仕事ですね。
人間、自分の主観で判断し行動します。「相手の立場に立って」とよく言われますが、ほんとうに相手のことを理解するのは、難しいことでしょう。研修内容を拝見して、その理解を養い、ほんとうに求められていることを自分のこととして把握することなんだなと思いました。

まったく話は違いますが、先日いのししに畑を荒されて困っている村の話をTVで見ました。すると、ある「専門家」が、腰を屈め視線をぐっと落とし、「いのししの目線で見てください」と言っていました。ちょっと共通点があるのかなと思いました。

by 雀翁 (2009-07-17 08:50) 

maki

ふだん目で見て判断しているので、「見えない」状況がいかに不安かと思います。
でも、できるだけいろいろな人の立場になって考えようという試みは一時の講義内容ではなく、もっと大切なことを教えてくれるような気がします。
素晴しい経験ですね。
暑いし危険もあるかと思いますが、頑張ってください。
by maki (2009-07-17 15:16) 

sarahe

☆翁雀さん
肉体的には疲れが残りますし、特に夏場や冬は辛いものがあります。しかし、サラリーマン生活しか経験しなかったので自営業等は分かりませんが、精神的にはすごく楽です。
精神疾患・知的障害のある方のこころのなかを知りたいという思いが強くあります。
私が担当している知的障害の方は、私より4歳年上なのですが、自発的な会話ができず常に私からの声かけに短く応じるだけです。
ただ、時折見せる笑顔や笑、困惑の表情、舌打ちする等の反応があるのですが、それが何を認識してそのような反応になったのかが分からないもどかしさがあります。

彼らのこころのなかも、医療技術の進歩や脳科学の進歩によって、いずれは解き明かされる時が来ると思っています。
それまでは、未熟な介護技術やコミュニケーション力で凌いで行くしか無さそうです。それがまた、限界を感じる時でもあります。
by sarahe (2009-07-18 12:13) 

sarahe

☆makiさん、今回は貴重な体験でした。
今度経験する時は、自分がそういう障害を抱えたときだな~と思いました。
「見えないこと」がどれだけの恐怖なのか、雑踏のなかに取り残されるという実習もあり、その恐ろしさに耐えられない受講者もいました。
先天的な視覚障害者は物を見たという経験がないので、それこそどのように説明したらよいのか思い悩むと思います。
後天的な障害の場合は、「見た」という経験と残像があるはずなのですが、それが障害者個々によって異なるために、一人ひとりとじっくり向き合わねば把握できないのです。

これはなにも障害者だけに限ったことではありません。
一人の人間を本当に理解することの難しさ・・・私はまだまだ修行が必要です。
by sarahe (2009-07-18 12:24) 

sarahe

☆くらいふさん、Niceありがとうございます。
今度一度コメントを頂ければ有難いです。時間がある時に是非!
by sarahe (2009-07-18 12:26) 

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